【2015ドイツ旅行】社会見学:ベルナウアー通りとラツァルス病院

06-08,2015

ベルリンの壁が残されている、ベルナウアー通りにやってきました。



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かつて壁があったベルナウアー通りはいま、記念館があり、野外展示があり、そして市民の憩いの場になっています。



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中央駅からバス1本で来られるNord Bhf.からすぐ。



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錆びた鉄の棒が立ててあるところは、壁のあったところ。



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野外にはさまざまな展示が。



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少年でしょうか?手にしている新聞の見出しは「東ベルリンは封鎖されている」
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追悼の窓
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壁を越えようとして亡くなった方々です。
28年の間に、少なくとも138人が国境で命を落としました。中には逃亡の意図はなかったのに誤射で亡くなったという不幸な方もあったそうです。



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反対側から見たらこんな感じ。
光で肖像が浮かびます。この方々もまた、戦争の被害者に違いありません。



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しかし生きて西ベルリンに到達した東ドイツ国民は5,000人を超えるとあります。
中でも有名なのはこの方でしょうか



Hans Conrad Schumann
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東ドイツの警察官が、国境警備中にぴょいっと鉄条網を飛び越えて西へ亡命した瞬間を捉えた有名な写真。
この瞬間が撮影されたということがスゴイです。



ベルナウアー通りの、ラツァルス病院
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ラツァルス病院は国境脇の通り沿いにあったことから、国境を超えようとして負傷した人が担ぎ込まれることがたびたびあったそうで、近くの壁には国境監視員が放った弾丸が貫通した穴が今も残っているそうです。



ラツァルス病院の前。こんなふうに壁があったのですね
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国境沿いの東ベルリン側にあった家の窓はこのようにレンガで塞がれました。
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逃亡方法は多岐にわたり、例えば「ビルの屋上から滑車で」「気球で」とさまざまなアイデアに驚かされますが



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これはトンネルが掘られた場所です。それも



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何本もが壁に向かって走っています。



監視国家から逃げようとした人々の執念が感じられます。



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今は簡単にまたぐことができる国境。



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ベルリン市民がのびのびと過ごす公園。なかなかこの場所から離れることができませんでした。



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この本を参考にしてここへ来ました。



ベルリン 分断された都市
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