【2015ドイツ旅行】Tiergartenについて語る(その1)

06-29,2015

なんかしらんが、Tiergartenが好き。この場所も、地名の響きも。



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長くなりますので、3回にわけてアップします。興味のない方は華麗なスルーをお願いします。






説明しよう。Tiergarten(ティアガルテン、ティーアガルテン)とは



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これはベルリン中心地の地図で、真ん中の緑の部分がティーアガルテン。総面積210ヘクタールに及ぶ大きな公園です。
えーと計算間違ってなかったら東京ドーム約45個が、首都のど真ん中に公園としてあることになります。



ちなみに地図上部の小さな公園を小ティーアガルテン(Kleiner Tiergarten)、大きなほうを大ティーアガルテン(Großer Tiergarten)として区別されていますが、ベルリンでティーアガルテンといえば、おもに大ティーアガルテンをさします(本記事でもその認識でいきます)。



ティーアガルテンはもともと王家の狩猟場だったそうです。ティーアガルテンの中を東西に走る大通り(地図上では黄色の道路)、6月17日通りは東はまっすぐウンターデンリンデンと繋がり、東から王宮→ブランデンブルク門をぬけて、ティーアガルテン、そのまままっすぐ西へ行けばシャルロッテンブルク宮殿とつながっています。



Tiergarten駅から西を望む
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Sバーンに乗っていると、この景色にはいつもハッとさせられる美しさがあります。
ヒトラーはベルリンを世界都市ゲルマニアにするという壮大な野望を、建築家シュペーアとともに推し進めており、その計画のうちのひとつとして、この通りを東西横断メインストリートとして拡張させました。



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このズドーンとどこまでもまっすぐ伸びた6月17日通りに魅せられるのはなんでだろうと考えたときに、おそらく滑走路みたいだからだ、ということに気付いたのですが、実際この通りはWW2末期にベルリンの空港が利用不能になると滑走路として使用されました。
6月17日通りは、WW2当時はシャルロッテンブルガー・ショセー (Charlottenburger Chaussee)という通り名であったが、1953年6月17日の東ベルリン暴動の悲劇を忘れぬためにこの通り名となった。



6月17日通り(Straße des 17. Juni)、ブランデンブルク門から西を望む
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奥には戦勝記念塔(ジーゲスゾイレ/Siegessäule)が見えています。



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ジーゲスゾイレはベルリンのシンボルであり、非常に心を奪われる象徴的な塔です。
これはもともと国会議事堂前にあったものが、ナチスの時代にここに移されました。



バス100番(それについて触れた記事はこちら)に乗っていると、ジーゲスゾイレの立つロータリー交差点、グローサーシュターン(Großer Stern/大きな星)を通るとき、乗客からは「あ!ジーゲスゾイレ!」という声が聞こえ、スマホやデジカメが音をたてます。



バス100番の車窓からみたジーゲスゾイレ
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Tiergarten駅から東を望む
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前置きが長くなりました。



それでは実際、Tiergartenの森の中へ入ってみましょう。



Sバーン、Tiergarten駅を降りたところ
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(その2)につづく

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