義父の死

03-27,2017

長いお休みをいただきありがとうございます。
ご心配をおかけして申し訳ありません。
少し落ち着いてきました。

最後、病院に駆けつけたときはもう意識はなくて、モニターの脈拍は20前後の虫の息で、指先や顔はもう冷たかった。
今までありがとうと伝えることもできず…

最後まで耳は聞こえているらしいからと、脈拍が0になるまで夫と2人で呼びかけ続けました。

2月から入院はしていたけれど、命にかかわることではなく、帰れるとみんなが思っていました。なのに些細なことがきっかけで、まるで転がり落ちるようにあっという間に弱ってしまいました。
それでも死ぬ数時間前まで看護婦さんと普通に受け答えをしていて、まさか死ぬだなんて思っていなかった。

「帰れると思っていたのに、死んでしまった」というのは、他でも聞いたことがありましたが、本当にあっけなかったです。
人間てこんなふうにいなくなってしまうの…
心構えなどひとつもしていないのに突然いなくなり、大きなショックを受けました。

(他人が聞いても驚かない年齢の義父が病院で死んでもこんなに悲しいのに、子供や、事件や事故やで大切な人を亡くした人の悲しみはどれほどだろうか)

私は祖父母や伯父を亡くしてきましたが、急だったせいもあるのかこんなに悲しいのは初めてかもしれない。

義父はとても優しかったですし、いつも私には笑顔をむけてくれていたので、思い出すのは笑い顔ばかり。私はとても恵まれていて、それはお義父さんのおかげだとずっと思っていました。

夫に言わせれば、義父はワガママでいろいろ振り回されて大変だったこともあるようですが、
別居だったということもあり、私は悪い事より良い思い出ばかり残してもらいました。

祖父母の介護で地獄を見た経験があるので、義父の介護もいずれやってくるかもしれない。
結婚を決めたときから覚悟していましたが、結局ひとつも手がかからないままでした。

近くに住む義父のお友達に挨拶に行ったら、玄関を開けるなり「退院しましたか!」とおっしゃって…
数日前に見舞いに来てくれて元気な義父と会ったばかりのお友達は、まさかの知らせに泣き崩れてしまった。

ちょっと検査に行ってくる、と出かけた自宅。
そのまま二度と帰れなくなってしまいました。
借家だったので、悲しむ暇もなく片付けに追われ、退去の手続きを済ませ、遺骨はいま我が家にあります。
49日まで、うちで休んでいってもらいましょう。

仕事はしていますし、それまでと同じように毎日過ごしてはいるのですが、ブログを更新する気力がなかなか出ませんでした。

今日はテレビの前で、稀勢の里の優勝に手を叩いて大喜び。
こんなに嬉しいのは久しぶりでした。
稀勢の里、ありがとう!相撲好きなお義父さんにも見せたかった!
漢の涙にはもらい泣きしちゃいます。

きせのさとー


これを機に元気を出して、ブログも元に戻していきたいです。
あたたかく見守って下さったみなさん、ありがとうございました。

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